コピーバンド

第二子長男は視覚障害者として誕生したが、
私を責めることも無く、人に対しても優しく育ってくれた。
我が家のペットに対しても、とっても優しい。

現在結婚しているが、
月に1~2回は帰って来てくれる。
近くの珈琲店の独自ブレンドコーヒー豆と
上品なお茶うけをお土産に1泊で。

昨年後半からメルカリ等で着物を購入し、それの加工を頼まれていて、
丈を切ったり飾りを付けたりとかなど請け負っている。

私が若かりし時、ドラムを習いたと思っていた。
が、田舎の百姓育ち。
当然、父親には認めて貰える筈もなく。。。
学生時代小遣い的なものは貰っていなく、ノート等購入する時の
必要なお金をその都度貰っていた。
母が必要金額よりちょっと上乗せ的なお金をくれていたので
それで少し余ったお金を貯めて、中古ギターを買った。
(中古でも金額的にドラムは無理)
独学で「禁じられた遊び」がやっと。(ド下手よ)

視覚障害者だった息子の了承無く、私の独断で盲学校へ入学させた。
そこで、自分に自信を持たせたいと、習い事をさせようと思った次第。
彼の姉はスイミングスクール通わせた。
なので、彼にもと。。

私「スイミングに行ってみない?」
息子「僕泳げんから、行かん。」
私「泳げんから習いに行くんよ。」
息子「行かん。」
てなことで、没。
小学生3年生の頃。

その当時担任になった先生に、
「自分に自信を持たせたいので何か習わせたいのですが?」
と、スイミングの件を踏まえ、て相談した。

するとその先生がドラムを叩かせてくれたらしい。

迎えに行った帰り道、
息子「僕ドラムを叩いたよ!」
私「ドラムは難しいから出来んかったじゃろ!
両手両足の動きが全部バラバラじゃからなぁ。」

息子「叩けたよ!」と。
私「えっ!?、ほんとに?」
と大げさに対処。

それをきっかけに、
私の夢だったドラムを毎週土曜日の教室に通わせることになり、
パールのドラムセットも買った。
が、ドラムを習わせていた当時の担任の先生が、ギターも教えてくれていたようで
息子はそっちの方にハマってしまい、今現在もドラムセットは押入れの奥に鎮座。

ドラムの先生は、「良く練習していますね!」
と、褒められていたのに。。。

今現在のバンド活動は
「コピーバンド」
らしい。

で、和装系とのこと。
今日もステージが有るそうだが、時間的に観には行けないなぁ。

もともと着物のオーダーを受けて縫っていたので、
多少の事は役にたてるし、
これまでも画像加工とかも得意だったので、
少しは役に立てているかなと思っている。

障害者として生んでしまった私の罪は計り知れない。
侘びても侘びきれない。

出来ることは何でもする。
と思っているが、助けられている方が多いかな。

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